ピアノはいまや自分の趣味の筆頭といってもよいかもしれない。我流の独学だから腕前のほうは一向に上達しないのだけれど、調律だけは定期的にこなしているほうだと思う。数日前、調律師のM木さんに来てもらった。よその家ではどうしているのかわからないが、わが家では前回の調律から一年半ほど経つ頃、タイミング良く連絡をくださるものだから、すかさずお願いしてしまうのである。

現在のピアノは二代目だ。中古のアップライトを弾き代えるなんて、あまり聞かない話かもしれない。三年前、さる方とのご縁で貰いうけることになったのが、いま使っているKAWAI製のピアノである。詳しい製造年はわからないが、おそらくワン・オーナーものとみている。

残っていた記録票によると、購入の年と思しき昭和47年から52年までは、きっちり半年おきに調律されていたことがわかる。年代的には自分が小中学生だったころと重なる。日本人の一億総中流意識がひとつのピークを迎えて、一般家庭で子女にピアノのおけいこをさせるのが流行した時代を感じずにはいられない。いまどき、半年ごとに調律する家なんてめったにないのではないか。このピアノも、その家の子供同然に大切にされていたのだろう。

人が住まなくなって久しい暗い家の室内で下見をしたとき、かなりの埃はかぶっていたけれど、当初、ピアノの状態はそう悪くはないように思われた。だが、いざ運び出してみると、湿気の多い取り壊し寸前の家に手入れもされずに長い間放置されてきただけのことはあった。高音部のキーのいくつかはハンマーのフェルトがはがれ、あるいは脱落寸前。のっこ様(嫁様の母上)に手伝ってもらいながら外面をキレイに拭いてはみたものの、弦にもチラホラ錆が見えていた。

記録の途絶えた30年近くの間まったく調律されずにひたすら沈黙を続けてきたとしても、これほどの状態になるものだろうか。確かなのは、このピアノはある時期を境に相当な年月、人間だったら間違いなく病気になってしまうような、埃や湿気に蹂躙された劣悪な環境の中で、いくつもの季節をかいくぐってきたということだ。

それでもあえて引き取ることにしたのは、鍵盤のタッチがそれまで使っていたピアノより良かったことにつきる。

先代のYAMAHAは大学の時、ジャズ・ピアノをやりたくて中古の超格安で手に入れたアップライトだ。キーがところどころ軋むのでクラシックをやるには難ありと、はじめからわかっていたけれど、ホレス・シルバーのようにガンガン弾き倒せればよかったので、爾来気にせずに弾いてきた。ところがいつしかグレン・グールドのようにバッハやモーツァルトも……という欲がでてきて、社会人になってからは、そちらのほうが中心になっていった。鍵盤が軋んでピアニッシモが出にくい、相変わらずなピアノで……。

廃屋に眠るピアノのお話をいただいたのは、折しもモーツァルト・イヤー(生誕250年)の前年のことである。その頃NHKのテレビ番組「スーパー・ピアノ・レッスン」ではフィリップ・アントルモンがロンド・イ短調を教えていて、テキストまで買って練習していたところだった。翌年は違うピアノでモーツァルト三昧か!?と期待を募らせたものだ。

わが家に運び込むとまず、M木さんに連絡しハンマーを修復してもらった。そして調律。やはりかなりの狂いがあり、数ヶ月後にもう一度調整が必要だった。それでも先代よりやはりモノはいいらしい。M木さんは記録票にあった最後の記録、「昭和52年」の下に続けて「05」という年代と自分の名前を書き入れた。

そして先日、三年目の調律が終わった。かなり安定してきたとM木さんは言っていた。弾いていてもなんとなくそんな感じがする。それにしても調律後の練習はいいものだ。ピアノが新しくなったような気がするし、指の力がいつもより伝わりやすく思える。あとは技術と表現力の問題というわけだが……。

そばで作業を見ていた好奇心の塊のような小学一年坊の息子は、「何か入れたでしょ!」と、調律のおじさんが小さな紙切れをピアノにしのばせるのを見逃さない。たじたじの様子でニッコリ笑いながら、M木さんは「また一年半後にお電話します」と言って、わが家を後にしたのだった。

くだんの紙切れにはもちろん、「07」と書き加えられている。