たしかに素朴な疑問ではある。なんでピアノは黒が多いんだろうか。コンサート・ホールで見かけるピアノはたいてい黒以外であることはないし……。幻冬舎新書『ピアノはなぜ黒いのか』には、そんなピアノの周辺をめぐるエピソードが、長く販売現場にたずさわってきた著者の視点で語られている。

本書を読んで改めて感じたのは、ピアノにも世界の常識、日本の常識があるということ。色のこともそうだが、ブランド、大量生産、バイエル……。受容から普及にいたるまでの歴史的背景を考えれば当然といえるけれど、得てして音色に疎い日本の消費者の姿が見え隠れしてくる。自分が小中学生だった頃、巷にはピアノを習う女子が大勢いた。でも、本当に好きで、楽しくて、音楽していた人はどれくらいだろう。親が主導の一種のステイタスというか、流行というか、今にして思えばそんな時代だったような気がする。

それはさておき、なぜ黒いのか。疑問は氷解したかといえば、残念ながら著者の熱のこもった語り口とはうらはらに、読後の後味がすっきりしない。生産コスト的な要因というのは諸説としてうなずけなくもないが、あくまで推測的な文体に終始しており、説得力がいま一つの印象だ。科学的根拠とはいかないまでも、取材というか検証というか、もうちょっと客観的な裏付けを示してもらわないことには、すんなり腑に落ちないという読者は少なくないのではないか。タイトルにまでしてしまったものだから、なおさらだ。

ピアノ学習で使われるバイエル教則本は日本だけの常識、というあたりは、以前からしばしば耳にしてきたことだ。ただ、「日本だけ」の根拠を「ドイツではまったく使われていないそうです」と言い放つのみで、強い否定にもかかわらず伝聞表現でかたずけられてしまうと、逆に納得しずらく、どうも歯切れが悪い。全編をつうじて、客観的であるべき事実の認識がこんな感じであしらわれるので、どうしても物足りなさが残ってしまう。

もっとも、ピアノ・セールスの現場経験をベースにしたエッセイとして本書を読めば、それはそれなりにおもしろみもある。ピアノの価格や日本の二大メーカーの攻防、中国のピアノ生産事情、海外メーカーの動向といった、著者がじかに接してきたピアノ業界の諸相についての文章は生き生きとした筆致で、読み物として純粋に楽しめた。

やはり現場を知るプロの話は興味深い。電子ピアノに冷淡なスタンスをとる著者が、生け花を造花で、あるいは書道をマジックペンでやるようなものだと切り捨てるあたりも、妙に納得してしまった。ヨーロッパのブランドのピアノに一度は触ってみたいとも思ったし……。もっと適切なタイトルが付いていれば、この本の印象もだいぶ変わったのだろう。

本書の物足りなさを著者の責任にしてしまうのはたやすいが、プロの書き手ではない彼にそれは酷というものだろう。タイトルが大げさすぎたことも含めて、先述のようなことは、読者に言われるまでもなく原稿段階で編集者がアドバイスすれば、もう少し書きようがあったはず。元編集者の自分としては、責めの大部分は担当編集者が負ってしかるべきだと思うのだけれども。