冥王星が消える? そんなトンチンカンな噂が巷に飛び交ったのは、2006年夏のことだった。8月、チェコのプラハで開かれた国際天文学連合(IAU)総会で、太陽系の惑星の科学的定義が採択され、惑星の数は8個であると認定されると同時に、冥王星が「惑星」ではなく「準惑星」という新たなカテゴリーに降格となった。数字の上では9から8に減ったことから、一部の科学館は夏休みの書き入れ時にかこつけて「さよなら冥王星」などと大げさに喧伝し、まことしやかに冥王星が「消滅」したかのような印象をいっとき一般に与えることになる。いずれにせよ、これまで冥王星を惑星として扱ってきた天文書は、ことごとく訂正を余儀なくされることになったわけだが、惑星の新定義を踏まえた上で最新の太陽系を概説する一般向けの入門書がようやく出はじめた。
近年の惑星探査の成果にも触れた太陽系の解説もさることながら、本書ではこの「プラハの暑い夏」の顛末について現場からの報告がつまびらかにされていて、とても興味深い。著者の渡部潤一・国立天文台准教授は、アジア地域から唯一選ばれたIAUの惑星定義委員会のメンバーであり、一連の経緯を最もよく知る当事者の一人なのだ。
その前年の秋、勤めているプラネタリウムでは渡部潤一先生をお招きして、太陽系のお話を講演していただいたが、本書によればこのときすでに水面下で惑星定義案策定の動きは、はじまっていたようだ。でもそれは私たちに知るよしもなかった。その翌年すなわち2006年の春に筆者が制作を担当した子供番組では、たまたま太陽系の惑星の数についてクイズ形式で触れていた。そんなきわどい状態にあると知っていれば当然シナリオからは削除していただろう。ところが、業界内でもまったくそのような噂すら聞こえてこなかったので、堂々と「惑星は9個!」なんていうセリフを声優さんに言わせてしまったのである。
本書を読んでようやくわかった。惑星定義の策定作業は、IAU内部でも秘密裏に行われていたというのだ。事前にそのような動きが周囲に知れわたれば、マスコミその他、外部からの詮索、攪乱によって冷静な議論が妨げられると考えた関係者らが一計を案じ、同総会の二日目まで、惑星定義の提案は完全に伏せらたとのこと。著者自身、委員会の一員であることすら総会当日まで口外することができなかった、と告白している。
かくして2006年の夏休み投影も終わりに近づいた頃、プラハからの第一報として、私たちは惑星の科学的定義が史上初めて世界中の天文学者の名のもとに正式に決められようとしていることをはじめて知るところとなった。第一報から決議にいたるごく短い期間に、惑星の数は12個?11個?と諸説が報道された。固唾をのんでその行方を見守った末、日本時間で8月24日の夜、ついに採択にいたった。
くだんの子供番組はその年の9月まで上演することになっていた。議決結果が大々的に報道された翌日から、上演のたびに訂正と説明のアナウンスに追われたが、これこそが科学のおもしろさ。天文学の新しい知見が、また次の時代を開こうとしていることを感じないわけにはいかなかった。
つい、惑星定義をめぐるドキュメンタリーとして読める部分にばかりに目が行ってしまったけれど、本書の醍醐味はやはりなんと言っても、太陽系の最新像が著者ならではのわかりやすい語り口で、ていねいに解説されている点にある。一般の科学好きにおすすめの一冊である。