ひところ、クラシック音盤業界では有名曲の緩序楽章ばかりをコンパイルした「アダージョもの」のヒットで各社しのぎを削っていたが、その延長だろうか、店頭で「ぐっすり眠れるクラシック」という2枚組のアルバムを見つけた。

 全体的には「アダージョ」というキーワードを「スローライフ」=「癒し」=「安眠」という文脈に読みかえ、楽曲の知名度とをかけあわせた、予定調和な選曲ではあったが、Disc 1 のトラック・リストに、ラヴェルのピアノ・コンチェルトから Adagio assai とプッチーニの Crisantemi (菊の花)があるのが気に入った。好きな曲でもあるのだけれど、この手のコンピレーション盤に収録されそうでいて、これまで意外となかった選曲だからだ。ジャケットの秀逸なアートワークも重要なポイントである。

 この手のアルバムはコアなクラシック・ファンの間では敬遠する向きもあるようだが、仕事のBGMやナイトキャップにも向いていたりして、どちらかといえば嫌いではない。DGの「アダージョ・カラヤン」シリーズや他社盤なんかを数枚持っている。リスナーとしては盤ごとの個性というか、選曲のヴァリアントを期待したいところだが、そこはクラシック音楽の限られた作品群からの選曲なので、内容が似たり寄ったりになるキライはどうしても避けられない。おしなべて一家に1枚か2枚で充分だということになる。

 本作も Disc 2 に関しては選曲に特筆すべきことはない。もっとも、“有名曲ばかりを厳選収録” とうたっているので当たり前といえば当たり前だ。しかし、Disc 1 では、前述2曲のほかにも、注目したいトラックがいくつかある。たとえば、レスピーギの組曲集 “リュートのための古風な舞曲とアリア” からの1曲。普通なら超有名な第3組曲の Siciliana が定番なのだろうが、ここでは第1組曲の Villanella が選ばれているあたり、なんともシブイ。

 モーツァルトのヴァイオリンと管弦楽のための Adagio (K.261) なんかは、コンピ盤には珍しいのではないか。「皇帝」のニックネームで有名なベートーヴェンのピアノ協奏曲5番の緩序楽章もなかなかのものだ。この曲は通常、切れ目なく次の終楽章へと続くのだが、うまく編集されていてエンディングが自然に聞こえる。ショパンのピアノ協奏曲2番からの Larghetto もいい。だが、このアルバムの聴き所はやはりケフェレックの弾くラヴェルのコンチェルトだ。

 ライナーノーツによると、本作は米国の音楽療法の研究家による企画であり、健常な成人が安静にしているときの心拍数と同じリズムを刻む楽曲を収録しているという。アルバムの原タイトル “bedtime beats”とはこのことを意味するのだろう。そんなことは抜きにしても、日本の企画盤とはちょっと違う選曲テイストでヒーリング・ミュージックとして充分楽しめるコンピレーションである。

 最近、快眠CDなるものが売れているのだそうだ。テレビのニュース番組で紹介されていたCDは、なんでもそのスジのお医者さんの監修のもと、睡眠実験を繰り返して平均6分半で眠れるとか。「ぐっすり眠れるクラシック」のブックレットにも、車の運転中に聴かないで、などとシレッと書いてあった。

 こういう企画の常で当然個人差はあるだろうが、そもそも聴く音楽そのものに眠りを誘う効果なんて本当にあるのだろうか。見ていて聞いていて眠くなる……そんな経験は学校の授業やテレビ、映画、お芝居など、なにも音楽に限ったことではない。要は音楽を聴く以前の、心身のコンディション次第なのでは? 最後まで眠らずに聴き通してみて思った。

 率直なところ、実験による科学的根拠云々などと言いはじまったら、音楽が音楽でなくなってしまうような気がするのだけれど……。